澤野起美子著『詩集冬の桜』(昭森社、1972)

本の整理をするたびに、これは捨てられないなぁ……と思う詩集である。土井晩翠賞受賞だからではない。著者の動機にある。

夫がガンと診断されたのは八年前で、わたくしが詩の道にはいったのも、その頃でした。さいわい夫は手術の経過がよくて、鶴のように痩せた姿を、私たちの庭にもう一度見せてくれました。その後姿を見まもりながら、わたくしは『花の城』と『モヂリアニの筥』という二つの詩集を書きつづけました。死を前にした夫を見る時、いつも彼と共に暮した長い歳月が、はげしく胸にせまってきて、一木一草の輝きまでがはっきり目に見えてきたのでした。その夫が死んで約二年、ひとり詩を考えるわたしに、まつわって離れないのは、彼の幻ばかりでした。

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この時、著者は76歳。夫に先立たれた女の気持ちが、老いを感じさせずに伝わってくるものが多い。1つ引用する。

生きる
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二人で集めた
思い出は みな
かなしく さみしかった

けれど
あなたの死によって
二人で集めた 思い出が
みな 美しく
輝き出してくる
私の 心のなかで――

ああ
この錯乱の
なんという哀しさ!

村野四郎が題字を書いている。この詩集から10年後には、自宅を売って3000万円の資金を提供、現代詩人賞を創設したそうだ。