日本の母 春陽堂 昭和18年4月18日発行/同年10月20日再版(15000部)
読売新聞と日本文学報国会のタイアップ企画本『日本の母』。日本文学報国会は「国家の要請するところに従って、国策の周知徹底、宣伝普及に挺身し、以て国策の施行実践に協力する」ことを目的とした社団法人(Wikipedia)。日本各地の読売新聞関係者が選んだ「日本の母」を、日本文学報国会から委託された作家たちが訪問し、その取材記事をまとめたのが本書。「日本の母」の家にたどり着くまでの風景描写はいかにもその「作家」らしいのだが、その後のネタは決まっている。
- 家系/家族紹介
- 家族の中の軍人の数
- その中で何人戦死したか
- どれだけ倹約しているか
- 今はどのように生活しているか
仕方がないからこの委託を受けた、というのが伝わってくる文章が多い。
徳富蘇峰(猪一郎)の序文と目次を転載する。
わが日本皇国の歴史は、男女両性の協議によって発展して来たものであることは、改めて申すまでもありませぬ。しかも日本の女性は実に日本国民性格の創造者であり、教育者であり、擁護者であります。しかしてその特質を挙げますならば、遊記であります。勤勉であります。堅忍であります。無死であります。慈愛であります。これを一言にして申しますれば、献身的精神の権化であります。
これが即ち皇国女性の伝統的特質であります。節に申しますれば、この精神は日本の母たちによって具顕されて来たところの尊い精神であり、崇高なる母の姿であります。
特に満州事変により大東亜戦争に至る迄、私どもの眼前にはこの聖なる母の実物教訓が数限りなく示されて、今更の如く私どもは母の力の偉大さに打たれざるを得ないのであります。
このたび、日本文学報国会と読売新聞社が提携して、毎年各種の企画を共同主催し、戦時下における文化報国に尽力することになり、その第一着手として、全国に「日本の母」を訪ね、一流作家たちによってその姿を伝えることになったのは、時局柄最も有意義の企てとして、衷心より賛同するところであります。これによってわが日本の尊い母の姿が顕彰され、現在の母たちを励まし、将来の母たちに大なる希望と決心とを与えることの多大なるべきを期待し、ここにその成果を冀って止まざる次第であります。日本文学報国会会長 徳富猪一郎
目次
- 信仰で乗切る荒波(樺太・水本ハマコさん)……甲賀三郎
- 北海道の原野を開墾(北海道・浅井リヘさん)……丸山義二
- 巨きな母の手(青森県・豊川やささん)……土師清二
- 嬰児・妊婦の温き母(岩手県・伊藤尚子刀自)……土屋文明
- 黙々と二十年(秋田県・佐佐木スエさん)……和田伝
- 日本一子宝部隊長(宮城県・白戸キミさん)……辰野九紫
- 雄々しや女集配手(山形県・土井於末さん)……結城哀草果
- 三代続く誉れの寡婦(福島県・室井キヤさん)……加藤武雄
- 忠臣の裔(東京府・尾はる子さん)……菊池寛
- 浅草の「日本の母」(東京府・平間りつさん)……久保田万太郎
- 明朗に豊かに生きている人(茨城県・八代まつさん)……佐藤春夫
- 出征兵を叱る慈愛(栃木県・新井種子刀自)……長谷川伸
- 家の為に子の為にお国の為に(群馬県・小板橋はるさん)……佐佐木信綱
- 母性愛像をおろがむ(千葉県・富田てるさん)……吉植庄亮
- 遺愛の柿の木紅し(埼玉県・金子淳美さん)……大佛次郎
- 女手一つに護る田畑(神奈川・村野かめよさん)……岩田豊雄
- 巻頭の妻の心(新潟県・星野とよさん)……貴司山治
- 女手で通した牛飼(富山県・三村ちよさん)……尾崎一雄
- 白衣の夫と丗七年(石川県・遠藤常盤さん)……深田久彌
- 良き母は良き妻(福井県・高島フジヲさん)……中野実
- 遺骨を抱きしめて(岐阜県・沼田ミワさん)……日比野士郎
- 真実こもる農作物(長野県・井上ツタエさん)……川端康成
- 山道の小母さん(山梨県・井上くまさん)……高村光太郎
- 萩咲く日(静岡県・鈴木せいさん)……水原秋桜子
- 男勝りの鎌・腰に(愛知県・橋下すずさん)……富安風生
- 母ひとり子ひとり(滋賀県・高橋政栄さん)……野沢富美子
- 花売り・日雇い二十年(京都府・谷本あ乃さん)……川田順
- 右眼犠牲の機織り(大阪府・西田フジさん)……藤澤桓夫
- 老いてなお増産報国(奈良県・松邊キクさん)……西条八十
- 扶助も断り青物行商(三重県・横山ちうさん)……古谷綱武
- 暮らし・音なき愛の鞭(和歌山・久保まつゑさん)……大庭さち子
- 心に責む子の戦病死(兵庫県・前川きみさん)……豊田正子
- 故山に独り墓守り(鳥取県・山谷よしさん)……舟橋聖一
- 石見の国に我見たり(島根県・岡村トキさん)……尾崎喜八
- 戦死した子に済まぬ(岡山県・武田春さん)……棟田博
- 港の誇る「母の水船」(鹿児島県・中村セキノさん)……竹田敏彦
- 空の子へ愛の座蒲団(山口県・兵木アキさん)……中山義秀
- 平凡の美徳(香川県・横田キノさん)……壷井栄
- 塩田に働く健女(徳島県・西トクエさん)……海野十三
- 戦盲の夫へ戦況地図(高知県・入間喜久衛さん)……濱本浩
- 五児に通う鍬の心(愛媛県・高井キクヨさん)……岡田禎子
- 誉の家護る苦闘三年(福岡県・三原乙女さん)……白井喬二
- 切々の書に戦友泣く(佐賀県・桃井フデさん)……小島政二郎
- 陶土にまみれ廿年(長崎県・太田フキさん)……福田清人
- 男も唸る材木担ぎ(大分県・森島マサキさん)……真杉静枝
- 親の心知る子供達(熊本県・野口ハルさん)……坪田譲治
- 兄は陸軍弟は海軍(宮崎県・高山ハツヲさん)……中村武羅夫
- 兵隊さん故倅さん(広島県・小村セイさん)……戸川貞雄
- 南風の葦(沖縄県・比嘉カナさん)……劉寒吉
日本文学報国会に関する参考書は2冊ある。