『丘の火』(野呂邦暢)の主な登場人物

  • 伊奈伸彦:東京で金融の業界紙で記者をやっていたが、結婚を機に妻の英子の実家がある伊佐市に転居。伊佐市では印刷会社の有明企画に就職するが首になる。父親はG島で戦死。菊池省一郎から省造の戦記を完成させ本にするという仕事を依頼される。
  • 伊奈伸郎:伸彦の父。G島で戦死。
  • 伊奈英子:バツイチで伸彦と結婚。最近はスナック勤め。
  • 篠崎英孝:英子の父。伸彦の義父。J銀行の支店長として菊池グループに融資。
  • 行武政憲:有明企画の社長。
  • 関口佐和子:伸彦が有明企画にいた頃にできた女。
  • 菊池省一郎:父親の省造が書いた戦記の原稿を編集し、本として出版することを、伸彦に依頼する。
  • 菊池省造:元中尉。G島から生還。体調不良。
  • 菊池章助:省一郎の弟。
  • 釘宮康麿:伊佐日報の記者/編集局長
  • 重富悟朗:重富病院の外科部長
  • 重富兼寿:重富病院の院長。自分の戦記原稿200枚を本にする直前に焼却。体調不良。
  • 山口久寿男:伊佐に一軒だけある山口書房の店主。G島で俘虜に。
  • 真鍋吉助:工業団地の一角から立ち退かず、鶏とともに住み続ける。G島で俘虜に。
    • -

7月17日に書いた分類が『丘の火』では次の人物、事物に発展集約されている。

  1. 女(との生活)の話→伊奈英子と関口佐和子
  2. アパートの隣人の話→釘宮康麿
  3. 病院の話→肉体的な痛み、幻覚→戦記
  4. 著者を投影した海東君の話→伊奈伸彦
  5. 捏造した自分の記憶の話→G島の戦いにおける各人の記憶の相違

それぞれ短篇・中篇で表現していたものが1つの長篇の中に全員集合である。初期作品から読み進んできたため、この織物が面白くてたまらなかった。

ところで、『野呂邦暢作品集』(文藝春秋・1995年5月7日第一刷)の年譜によると、昭和46年4月、木村淑子と結婚。昭和53年4月、離婚とある。『丘の火』は「文學界昭和53年2月号より昭和55年4月号まで連載(うち昭和54年10月号は休載)」。

英子が伸彦に、こんなことを言う箇所があった。

以前は抱かれるのが嬉しかった。最初のころだけは。わたしはこの人に、あなたのことよ、わたしはこの人に愛されていると思って安心してたの。当然でしょ。だけれど、このごろ、ふっと、違ったことを感じるの。わたしを抱いているのがあなたじゃないみたいな。誰かあなた以外の別の男の人のような。かん違いしないでちょうだい。わたしには他に好きな男性はいないわ。私のほうがどうかしていると考えたの。いけないことだと。でも、どうしようもないの。確かにわたしは抱かれている。でも、いったい誰に? わたしを抱いているあなたのほかにもう一人のあなたがいるような気がして仕方がないの。