野呂邦暢の「砦の冬」(『草のつるぎ』所収)を読み終えた
時代的には『RAINBOW-二舎六房の七人-』とほぼ同時期。昭和30年代の二十歳前後の若い男たちばかりが出てくる。自衛隊の訓練話が中心だから、とにかく体を動かす。
冬山に兎狩に出かけ道に迷った(というか遭難した)海東二士がみる夢は、そこだけ切り出すとただの調理風景だが、前後との関係で妙に幻想的だった。
猪俣三尉はナイフの切り先を兎の咽もとにあてがって下腹部まで切れ目を入れた。「海東二士、脚をもっとれ」といい、切れ目に指をさしいれて左右に押し拡げた。桃色の薄い皮膜に淡い黄色の脂肪が層をつくっている。その内側に濡れて柔らかそうな内臓が湯気をたてていた。猪俣三尉は皮を指で引っ張っておいてナイフを使った。頸と脚のところまでめくり上げるようにして皮を剥いだ。「鍋を」と兎から目をそらさずにいった。ぼくは鍋をストーヴにかけた。薬罐の湯を満たした。猪俣三尉は剥ぎ取った毛皮を投げ上げた。それはふわりと宙に浮かび安宅二尉の頭にのっかった。猪俣三尉は内臓を一つずつ傷つけないようにナイフで切り離し、次に四本の脚を太腿の箇所で切り取って鍋に入れた。「レバーをとっとけ、他のは捨てろ」とぼくに命じた。背骨にナイフで刻み目を入れると肋骨がはずれた。肉がついたままその肋骨を鍋に入れた。(P208)
次は随筆集を読んでみる。