[読書} 他人の自由 立原正秋

昭和49年3月20日初版発行 昭和61年2月20日20版発行 角川文庫

この本に収録されているのは4つの短編。

    1. 他人の自由「群像」昭和33年12月号
    2. 夜の仲間「早稲田文学」昭和34年4月号
    3. 聖堂の思い出「文学界」昭和36年6月号
    4. 死者への讃歌「新婦人」昭和41年8月号

宗教色、特にキリスト教色が強い作品ばかり。「他人の自由」の伊吹、「夜の仲間」の吹田。立原は、この二人を傍観者として登場させるが、実際は、心の中のもう一つの声であろう。「聖堂の思い出」は、母と通じるエロ神父の話。「死者への讃歌」は、カトリック教徒である祖父を中心とした土葬倶楽部の話。

「夜の仲間」が一番楽しめた。昨日の日記に書いた「渚通り」みたいな、特異な人たちが出てくるからだ。「夜の仲間」とは、夜警の仕事につく人たち。今の夜警はビルの見回りだが、ここでは、町内を見回る仕事だ。

吹田に常に見られている男として登場するのは船山。元インテリらしいが、戦争で心に傷を負い、父親と一緒に夜回りをしている。船山は、昼間は、綿屋から新綿を仕入れ、質に入れ、その金で酒を飲んでいる。そして、不能の同僚の妻を寝取り、毎日のように彼女とセックスに耽っている(船山には妻子がいる)。

神父に会ったと、船山は吹田に話す。

俺は、戦争から帰ってきたら胸に大きな穴がひとつできていると話してやった。坊主はしばらく俺の顔を見ていたが、教会へ来ないかと言ってくれたよ。

船山は、イエスを神と信じてない。吹田は、こう助言する。

あの江橋の女房だった女な、あの女とうんと寝りゃ、穴がうずまるかもわからんじゃないか。

ある夜、夜回りの最中に火事に出会う。船山は、水をかぶり、火事で燃えている家に飛び込み、子どもを救う。だが、自分は、数時間後に救助の際の打撲で死ぬ。

船山は、くちから血を吹いていた。
船山は、近くの病院に運ばれて十分間目をあいていた。
―いちどあの女と寝てみろよ。
船山は、言い終わると再びくちから血を吹いた。

「いちど、あの女と寝てみろよ」

死ぬ時に言ってみたい台詞だ。