特別な他人 高山勝美 

中央公論社 1996/8/25 初版発行

「いったいきみは、何が欲しいんだ」はっとするほど語気が強い。・・・多加子は、初めて中田の前に立った日を思い出す。あの時からずっと多加子が待っているもの、それは目に見えるものではなかった。中田は、多加子に体を重ねたが、心を重ねてはくれなかった。いや、心のかけらを手に受けた感じはあったかもしれない。けれども、多加子が望んでいるのは、移ろう肉体や指の間をこぼれるほどの心でもない。中田の根源、作品を生み出すときに注ぎ込まれる中田の魂・・・。

高山は、小説家志望のバーの女だった。本書は、昭和33年(1958年)の夏、宮城まり子を伴ってバーに来た吉行淳之介との出会いから、高山が吉行の子を身ごもったまま、昭和45年(1970年)に結婚するまでの12年間を書き綴ったもの。『技巧的生活』は、高山の話が元になっているようだ。また、高山は、『暗室』の「多加子」のモデルだという(『暗室』のもう1人の女、「夏枝」は大塚英子でしたよね)。証人としてであろうか、同級生だった児童文学作家、富盛菊枝の名を謝辞にあげている。

掌編小説の中の『光の帯』。主人公の「私」は、ホテルの入り口で別れた女と出会う。女は男の子を連れていて、後に、「あの子はあなたに似ていたでしょう」と、電話をかけてくる。現実と夢の境がはっきりしない。すべて夢のようでもある。しかし、次の会話に作品を離れた現実がある。私小説作家の几帳面な意識がある。
−「十年経つかな」「十一年よ、この子が十一だから」−
ちなみに、『光の帯』が発表されたのは、昭和57年の5月であり、多加子が男の子を産んだのは昭和46年の3月である。

「光の帯」は映画の一場面のようで、印象に残ってる。
しかし、「多加子」と続けるために「暗室」を書き、途中で「多加子」と別れてしまったので、「暗室」を続けるために「夏枝」。女と関係が切れると、小説が書けなくなってしまう吉行淳之介でした。